札幌地方裁判所 昭和40年(ワ)566号 判決
原告 トーマス・ピー・ゴンザレス・コーポレイション Thomas P.Gonzalez Corporation
右代表者社長 トーマス・ピー・ゴンザレス Thomas T.Gonzalez
右訴訟代理人弁護士 ジョージ・エイ・ファーネス
右同 大島重夫
右訴訟復代理人弁護士 馬見州一
被告 ホクレン農業協合組合連合会
右代表者理事 河口陽一
被告 株式会社 三井銀行
右代表者代表取締役 佐藤喜一郎
右被告両名訴訟代理人弁護士 岩沢誠
主文
一 被告ホクレン農業協同組合連合会は原告に対し四万九五〇〇米ドル及び内金三万三〇〇〇米ドルに対する昭和三五年三月二日から、内金一万六五〇〇米ドルに対する昭和三六年二月一二日から、いずれもその支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告株式会社三井銀行に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告ホクレン農業協同組合連合会との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告株式会社三井銀行との間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り、原告において金六〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し各自四万九五〇〇米ドル及び内金三万三〇〇〇米ドルに対する昭和三五年三月二日から、内金一万六五〇〇米ドルに対する昭和三六年二月一二日からいずれもその支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
第二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第三 当事者双方の主張は別紙記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の証拠目録調書記載のとおりである。
理由
第一当事者
本件記録に編綴された公証人ラッセル・アイ・カリイ作成の法人国籍証明書及び原告代表者本人尋問の結果を総合すれば請求の原因(一)の1の事実を認めるに充分であり、同2の事実は当事者間に争いがない。
第二準拠法
1 原告と被告ホクレン間の本件売買契約の成立および効力をいづれの国の法律に準拠して判断するかについては、当事者間に明示、黙示の約定がないことは弁論の全趣旨によって明らかであり、しかも請求原因(二)1記載の本件基本契約および同(二)2記載の本件追加契約についていずれも≪証拠省略≫によれば被告が札幌から電報により申込の通知を発していることが認められるのであって、法例七条一、二項により、本件売買契約の成立および効力については日本法が準拠法となると解される。
2 原告と被告三井銀行間の本件保証契約の成立および効力に関する準拠法についても、当事者間に明示の約定がないことは弁論の全趣旨によって明らかであり、通常は主たる債務の準拠法にしたがうとすることが当事者の意思を解釈するに際して相当とするところ、本件当事者間に右解釈を妨げる他の特別の事情もなく、前項で述べたように主たる債務の準拠法が日本法であるので、本件保証契約の準拠法もまた日本法であると解される。
第三被告ホクレンに対する主位的請求についての判断
一 請求の原因(二)の1ないし3、5、7のうち本件信用状が昭和三五年二月九日までに別表1、2のとおり修正されたこと、右別表1のうち(ハ)→(ト)、(ヘ)→(リ)の各修正が被告ホクレンの要請によるものであり、その余の各修正については同被告がそのように修正することは承認したこと並びに8の(1)、(3)ないし(5)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない(もっとも、被告ホクレンは、右請求の原因(二)の1ないし3及び8の(2)中の「フェア・アバレージ・クオリティ」につき当初原告の主張を認めながら、後に右品質は昭和三三年農林省・通産商令第一号にいう「FAQ」であるとして右自白を撤回したが、右自白が真実に反し、かつ錯誤に基づくものであることについて何ら立証するところがないから、右撤回は許されないものとするほかない)。そして、≪証拠省略≫を総合すれば、右の別表2の(ハ)→(ト)及び(ホ)→(ヘ)の各修正は、いずれも被告ホクレンの要請によるものであり、以上の各修正は請求の原因(二)の7掲記の事情に由来するものであることが認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。
二 本件売買契約において、本件大正金時豆の品質について農林省輸出品検査所発行の品質証明書を被告ホクレンから原告に交付すべき旨定められていたことは当事者間に争いがないところであるが、原告が請求の原因(二)4、6、8の(2)において主張するように右農林省輸出品検査所発行の品質証明書とともにフェスコの日本における代表者発行の品質証明書をも交付すべき旨の約定が含まれていたかが主要な争点であるから、まずこの点について判断する。
1 ≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、昭和三四年一一月一九日、本件基本契約についての被告ホクレンの売買契約の申込を承諾するに当り、同日付の書面(甲第四号証)をもって、同被告に対し「当社の銀行は、当社が品質及び重量について独立の検査を確保することを要求しており、当社は、これを果すためにスーパー・インテンデンス・カンパニーの日本の代表者を選任することになろう。もちろんこの費用は当社の勘定となる。この会社の名称が判り次第貴社に知らせ、同社から貴社に連絡することができるようにする。」旨通知し、これに対して被告ホクレンは同年一一月二四日付書面をもって原告に対し「日本の豆の輸出はすべて品質に関しては添附される公式の検査証明書によって最終的な船積をするということで行なわれている。日本政府の輸出品検査所がその証明書を発行できる。正味船積重量の条件中の重量については、日本海事検定協会の発行する証明書をもって最終的なものとすることが慣例である。衡量について貴社がスーパー・インテンデンス・カンパニーを選任することを主張されるのであれば、当方は別段異存はないが、スーパー・インテンデンス・カンパニーの代理人は北海道におらず、同社の検査士を東京から小樽に派遣する旅費も貴社が負担しなければならないから、貴社にとってはむしろ不経済なことだと思う。」旨通知し、さらに原告の要請により被告ホクレンが原告に送付した同年一一月二五日付「ホクレンによる販売確認書」(乙第一号証)には「当方は貴方に下記商品を下記の条件により売却したことを確認する。数量及び内容・大正金時豆、等級FAQ、一九五八年産、一〇〇〇メトリックトン、包装・正味一〇〇ポンド宛新しい麻袋入り。価格・手数料別、日本の港本船渡しで正味船積量メトリックトン当り一五二米ドル。支払取消不能信用状による。船積・一九五九年一一月、一二月、一九六〇年一月中。保険・買主付保。その他・品質に関しては日本政府発行の検査証明書をもって打切り条件とする。」旨記載したが、原告は右に対する返信である同年一一月三〇日付被告ホクレンあて書面をもって、同被告に対し「価格の問題は先般合意が成立したので貴社の契約書に正式に署名してお返しする。」としたうえ、右販売確認書(乙第一号証)に署名のうえ、これを被告ホクレンに返送したが、右一一月三〇日付書面の他の部分では本件大正金時豆に関する「スーパーインテンデンス・カンパニーの品質証明書の件については、当社の取引銀行と相談の上すぐ御返事する。当社がこの条件を押入したのは銀行が主張したからで、どのようにできるか調べて見る。」旨の記載がなされた。その後原告と被告ホクレン間においては、右フェスコの品質証明書について何らの折衝もなされないままに経過し、その後同年一二月三日シチズンズ・ナショナル・バンク発行の本件信用状が被告三井銀行を経由して同月一五日ころ被告ホクレンに到達したこと、以上の事実が認められる。
右の事実によれば、原告は被告ホクレンから送付された前記「ホクレンによる販売確認書」に署名してこれを同被告に返送しているのであるが、これを右返送に際し原告から被告ホクレンに送付された書面との関連において見れば、原告の右「販売確認書」に対する署名が、同被告の提案にかかる前記本件大正金時豆の品質に関しては農林省輸出品検査所発行の品質証明書をもって「打切り条件とする」ことを承諾したものと認めることはできないし、同時に、本件大正金時豆の品質に関するフェスコの日本における代表者発行の証明書についても、原告が被告ホクレンに対してその交付方を要請したことはともかく、その同被告から原告に対する交付が本件基本契約の内容とされたことについてはもちろん、本件追加契約についても右のような合意がなされたとは解されないし、他の本件の全証拠を検討して見ても右フェスコの品質証明書の交付に関し、原告と被告ホクレン間に明示的合意が成立したことを確認しうる資料がない。
2 しかしながら、本件売買代金の決済が信用状によってなさるべき旨の合意があらかじめ原告と被告ホクレン間において成立していたことは、≪証拠省略≫を総合すれば、これを認めるに充分であり、しかも、前記のとおり請求の原因(二)の3の事実は当事者間に争いがないところであって、右の本件信用状においては、本件大正金時豆の品質については「フェア・アバレージ・クオリティ、一九五八年産、疵ものは最高限度三%、生きていると死んでいるとを問わずぞう虫のついていないこと、ぞう虫の食った豆を含んではならない。」ものであって、本件大正金時豆がこの品質を具有することについてのフェスコの日本における代表者の証明書が、その必要交付書類のひとつとして明記されていたにもかかわらず、≪証拠省略≫を総合すれば、被告ホクレンは前記のように本件信用状を受け入れるに際し、右のようにフェスコの日本における代表者の証明書が必要書類のひとつとされていることについて何ら異議を述べていないことが認められるし、また≪証拠省略≫を総合すれば、原告の依頼により本件大正金時豆の品質検査に要する平均的相似見本採取のためフェスコの係員が昭和三五年一月一一日に北海道小樽市所在の本件大正金時豆が格納されていた倉庫に出向いた際、同被告はその職員に対し、右フェスコの係員の見本採取に便宜を供与するよう指示し、その際採取された右相似見本の分折によって本件大正金時豆に関するフェスコの品質証明書が作成されたことが認められるのみならず、≪証拠省略≫を総合すれば、前記のように本件信用状が別表2の(ハ)→(ト)と修正された際においても、原告の被告ホクレンあて昭和三五年二月三日付電信において「検査所の証明書のみにつき信用状を修正せり。その他の書類は、すべて信用状の条項に従うことを要す。」とされたに対し、同被告の原告あて同月四日付の電信において「その他の手配はすべて実行可能なり。」として右原告の申出を確認していることが認められ他に右認定を妨げる証拠はない。
3 以上1、2において認定した事実を総合して考えて見ると、結局本件基本契約においては、被告ホクレンが主張するように本件大正金時豆の品質の証明に関しては農林省輸出品検査所発行の品質証明書をもって「打切り条件」とすることについてはもとより、原告が主張するようにフェスコの日本における代表者発行の品質証明書を右農林省輸出品検査所の品質証明書とともに原告に交付すべき旨の明確な合意がなされていなかったにもかかわらず、被告ホクレンは、右フェスコの品質証明書を必要交付書類のひとつとして要求する本件信用状を異議なく受領し、しかも右フェスコの品質証明書の取得につき助力したものということができるのである他方本件のごとき信用状付荷為替取引にあっては、売買契約中のある条項につき当事者の意思が明確でない場合、その解釈にあたっては、その代金決済のために開設された商業信用状の記載がその補充的作用を営むものであることを原則的には容認せざるを得ないものと解されるのであって、前記事実とこの信用状の帯有する右のような補充的作用とを総合して考えると、被告ホクレンは、前記のようにフェスコの品質証明書をも原告に交付すべき旨を原告に対し明示的に約束しなかったにせよ、その客観的合理的意思は、むしろ本件基本契約の内容のひとつとして右フェスコの品質証明書をも原告に交付すべき旨を承諾したことにあったものと解せざるを得ないのである。なお、この点についてのその成立に争いがない甲第四六号証(昭和三五年二月二三日被告ホクレン発信原告あての電信)及び≪証拠省略≫によれば、被告ホクレンは、右フェスコの品質証明書の必要性については、常に原告の需要とみなすための、いわば「余分の必要物」と理解していたことが認められるのであるが、そうであるとしても、それは被告ホクレンの単なる内心的な意思ないしは了解にとどまるものであって叙上の認定の妨げとなるものではない。
4 以上のとおりであって、本件基本契約にあっては、被告ホクレンは原告に対し、前記2において記載したとおりの記載内容を有する本件大正金時豆に関するフェスコの日本における代表者発行の品質証明書を交付すべき契約上の義務を負担するにいたったものと解するのが相当であり、本件追加契約が本件基本契約を当然の前提とし、単にその取引数量を追加したにすぎないものであることは、≪証拠省略≫によって明らかであるから、被告ホクレンは本件追加契約においても原告に対し、右本件基本契約におけると同一の債務を負担するにいたったものと解するをもって相当とする。
三 そこで、次に原告主張のとおり被告ホクレンに債務不履行があったかどうかについて判断する。
1 請求の原因(三)の1、2の事実は当事者間に争いがない。
2 そして被告ホクレンが原告に対し純豆混入率三%以下の記載あるフェスコの品質証明書を交付すべき本件売買契約上の債務を負うものであることは前判示のとおりであるから、右条件に合致しない疵豆混入率三・二二%の記載ある右フェスコの品質証明書を原告に交付したこと自体が債務の本旨にしたがった履行ということができないことは明らかである。したがって、被告が本件売買契約は書類売買ではない以上、交付書類の一部分に契約条件に合致しない品質証明書が含まれたとしても、これをもって不完全履行といえないとする主張の理由がないことも当然である。
四 抗弁に対する判断
1 被告ホクレンの抗弁(一)について見るに、本件信用状が別表2のうち(ホ)→(ヘ)のとおり修正されたことは当事者間に争いがなく、また右信用状が別表3の(1)のとおり修正されたことは原告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。
被告ホクレンは、売買契約は信用状に順応して行くべきものである結果、本件信用状の右のとおりの修正により同被告の本件売買契約上の債務も右と同様に修正変更された旨主張するのであるが、≪証拠省略≫によれば本件信用状の別表2のうち(ホ)→(ヘ)の修正は通関手続の必要以上そのようになされたにすぎないことが認められるし、また、≪証拠省略≫を総合すれば、本件信用状の別表3の(1)の修正も前記のとおり本件信用状の記載内容と本件大正金時豆に関するフェスコの日本における代表者発行の品質証明書の記載との間に不一致が生じた結果、本件信用状に基づく本件売買代金の決済が不能となったため、専らこの事態解決の必要上なされたものにすぎないし、ことにこの修正については、フェスコの「品質証明書には、三・二二%の疵豆があってもよい。」「信用状の他の条件は変更がない。」とされているのであって右修正は取引商品の品質それ自体には及んでいないことが認められるのであって、被告ホクレンが主張するように売買契約は信用状に順応するという事態は起り得ないのであるし、本件の全証拠を検討して見ても、以上の本件信用状の修正により本件売買契約の内容自体が変更されたとする被告ホクレンの主張事実を確認しうる資料がない。のみならず、前記の当事者間に争いがない請求の原因(二)の8の(1)、(3)、(4)及び(三)の1の事実によれば、本件売買契約の基本的性格は、いわゆるエフ・オー・ビー売買であり、本件大正金時豆が右のように貨物船クリユンパーク号に船積され、同船が出港後である右信用状における本件大正金時豆の品質の修正時(昭和三五年二月一五日)においては、もはや原告及び被告ホクレンが契約条件で定めた品質を変更するということは考えられないことなのである。
2 同(二)について見るに、被告ホクレンの主張するところは、同被告の予期に反して本件大正金時豆に関するフェスコの品質証明書に疵ものの豆三・二二%混入と記載されたとするにすぎないのであって、仮に同被告の主張するとおりであったとしても、そのこと自体によって被告ホクレンに帰責事由がないとすることはできないのであって、右は主張自体失当というほかない。
3 同(三)について見るに被告ホクレンは、原告は商法五二六条一項にしたがい買主として本件大正金時豆の引渡をうけた後、遅滞なくこれを検査して、その瑕疵を発見したときは直ちに売主である被告ホクレンにその旨通知すべき義務があるにもかかわらず右義務を懈怠したと主張するのであるが、前記のように被告ホクレンの不完全履行は疵豆混入率三・二二%の記載あるフェスコの品質証明書を原告に交付したことそれ自体であって、現実に原告に引き渡された本件大正金時豆の品質が疵豆混入率三・二二%のものであるかに関するものではないのであるから、本件大正金時豆それ自体の品質を問題とする右主張も理由がない。
五 原告の損害
1 請求の原因(四)の2のうち本件大正金時豆が昭和三五年二月九日小樽港で船積されたこと及び同3のうち本件大正金時豆に関するフェスコの品質証明書が他の必要書類とともに原告からさらにホセ・サンチュリオに交付されたことをのぞくその余の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、請求の原因(四)の1ないし4のうち、右当事者間に争いがない事実をのぞくその余の全事実が認められ他に右認定を妨げる証拠はない。
2 以上の事実によれば、原告が右のように四万九五〇〇米ドルの得べかりし利益を喪失するにいたったのは、被告ホクレンが原告に対し前記のように疵豆混入率三・二二%の記載あるフェスコの品質証明書を交付した結果、原告もまたホセ・サンチュリオに対し右品質証明書をそのまま交付することを余儀なくされたことによるものであることは明らかであり、しかも、原告が右のように本件大正金時豆をホセ・サンチュリオに対し利益を得て転売する契約をしていたこと並びに右フェスコの品質証明書がその際における品質の証明に使用されるものであることは、前記のように原告が各種物品の輸出入を業とする会社であり、その取引の形態は信用状付為替取引であって、その数量は一五〇〇メトリックトンであること、その船積目的地はサンチャゴ・ド・キューバであったこと及び原告は被告ホクレンに対し本件売買契約の当初から本件大正金時豆に関するフェスコの日本における代表者発行の品質証明書の交付を求めていたことその他弁論の全趣旨を総合すれば、同被告において本件売買契約時においてすでに予見可能であったと推認することができるのであるし、原告がホセ・サンチュリオに対してなした前記価引自体もその方式・趣旨により真正な外国の公文書と推定すべき≪証拠省略≫を総合すれば、不当な額とはいい得ないところであるから、原告の本件大正金時豆の転売契約における前記逸失利益四万九五〇〇米ドルをもって被告ホクレンの前記債務不履行と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
3 被告ホクレンは、原告が右転売契約の内容を信用状に記載することを求めるか、あるいは遅滞なく同被告に通知すべき義務があったのにこれを怠った過失がある旨主張するけれども、原告が本件大正金時豆を転売の目的で被告ホクレンから買い受けるものであることは、前判示のとおり本件売買契約時において同被告の予見し得るところであったのみならず、一般的に買主が右のような義務を負担するものと解すべき根拠がないのであって、原告が右のごとき義務を負担すべき特段の事情については、同被告において何ら立証するところがないのであるから、同被告のこの主張は採用の限りではない。
六、以上のとおりであって、被告ホクレンは原告に対して損害賠償として四万九五〇〇米ドルを支払うべき義務があるところ、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は前項において認定した右四万九五〇〇米ドルの値引きによる損害の発生が不可避の事態に立ちいたったため、昭和三五年二月二二日被告ホクレンに対し右四万九五〇〇米ドルをその損害として賠償の請求をする旨打電し(原告が右のとおり打電したことは当事者間に争いがない。)、右電報がそのころ同被告に到達したことは当事者間に争いがない。したがって、同被告は右電報の到達により同日限り右損害賠償債務につき遅滞に付されたものというべきであるから、内金三万三〇〇〇米ドルに対する右による弁済期経過後であることが明らかな昭和三五年三月二日から、内金一万六五〇〇米ドルに対する同様弁済期経過後の昭和三六年二月一二日からいずれもその支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第四被告三井銀行に対する請求についての判断
一 請求の原因(二)の3のうち、原告主張のとおりの内容を有する本件信用状が開設されたこと、及び本件信用状が請求の原因(五)の1の(2)記載のとおり(別表3と同じ)修正されたこと並びに右修正にあたり被告三井銀行は昭和三五年二月一六日シチズンズ・ナショナル・バンク宛の保証書に調印し、右保証書は他の必要書類とともに同銀行を経由して原告に交付されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫を総合すれば、右保証書には「ファー・イースト・スーパーインテンデンス・カンパニー・リミテッド日本代表者の発行した品質証明書と前記信用状の条件との間につぎの点における、すなわち、前記信用状が『疵豆最高三%』を要求し、他のすべての書類にもその表示があるのに、ファー・イースト・スーパーインテンデンス・カンパニー・リミテッド日本代表者の発行した品質証明書には、『三・二二%の疵豆』の表示があることによる不一致があるにも拘らず、当方の要請により、貴行が標記為替手形を支払うことを考慮して、当方はかかる不一致から生ずる、又はかかる不一致にも拘らず貴行が前記為替手形を支払うことによる、貴行が負担し、蒙り、もしくは支払うことのある債務、損失および費用の一切について、どのようなものにせよ、貴行に補償することに同意する。」旨の記載内容があることが認められる。
そして、原告の主張するところは、要するに被告三井銀行がシチズンズ・ナショナル・バンクを経由して右保証書を交付したことがその主張にかかる連帯保証を意味するというのであり、これに尽きるのであるが、本件の保証書は右のとおりその記載上シチズンズ・ナショナル・バンクを名宛人とし、その内容は同銀行が蒙ることのあるべき損失を補償するというにすぎないのであって、その名宛人としてはもちろんその内容においても原告に関する記載を含むものではないのであるから、被告三井銀行が原告が蒙ることのあるべき損害を被告ホクレンと連帯して保証したと認むべき特段の事情のないかぎり、本件保証書の趣旨は、右保証書による保証契約の相手方として、前記本件信用状の修正により同銀行に生ずることのあるべき損害のみを保証することにあったと解するのが相当である。
二 そこで右にいう特段の事情の存否について見るに、まず原告代表者本人尋問の結果中には、本件信用状の前記の修正にあたっては被告三井銀行が、右修正によって原告に生ずることのあるべき損害を担保することを条件としたとする部分があるけれども≪証拠省略≫を総合すれば、原告が昭和三五年二月一五日付書面(甲第四〇号証)をもって本件信用状の右修正を指示した際の本件保証書に関する記述としては「書類には、上記の食違いをカバーする三井銀行からの、又はホクレンからのもので三井銀行が裏書した、保証書を含めること。」があるにすぎず、シチズンズ・ナショナル・バンクが同日付で被告三井銀行に対し右の修正を通知した書面(甲第四一号証)には、右の保証書に関し「スーパーインテンデンス・カンパニーの品質証明書には、三・二二%の疵豆の記載があってもよい。この食違いをカバーする受益者及び日本札幌の株式会社三井銀行からの保証書必要。」とされていたにすぎなかったため、被告三井銀行はシチズンズ・ナショナル・バンクに本件の保証書を送付したこと、右のほか原告は被告三井銀行に対して前記のように同銀行が本件信用状の修正によって原告が蒙ることのあるべき損害を担保すべき旨を求めていないし、また、前記のように本件の保証書がシチズンズ・ナショナル・バンクを経由して原告に交付された際も本件の保証書の宛名及びその内容について異議を述べなかった事実が認められるのであって、この事実と対比して考えると前記原告代表者本人尋問の結果はそのまま採用できるものではない。
また、原告は、被告ホクレンの債務不履行によって損害を蒙るのは買主たる原告のみであって信用状発行銀行が損害を蒙ることはあり得ないのであって、その名宛人を原告としなかったにしても、その責任は原告に対するものであることは当然であると主張するのであるが、商業信用状の必要な機能のひとつとして、商品の買主は、信用状発行銀行が売主から交付を受けた船積書類の貸渡を受けて商品を転売し、その入手代金を発行銀行に交付して発行銀行が引受けた為替手形の支払に充当せしめることがあることは周知の事実であり、この事実を前提として考える限り本件のように信用状の必要交付書類のひとつとされた商品の品質証明書上の品質が低度に修正された場合、買主がその商品の転売にあたって不利益を蒙り、その不利益が信用状発行銀行にも波及して該銀行が損害を蒙ることもあり得ることであって、原告主張のように信用状発行銀行に損害はありえないと一概に断定することはできないのであるし、≪証拠省略≫を総合すれば、被告三井銀行は、まさに右のごとき観点に立って、通常の信用状付輸出入為替取引において信用状条件と船積書類との不一致がある場合に、信用状に基づいて振出された為替手形が最終的に支払地において決済されるまでの間、その手形の買取銀行、再割引銀行、支払銀行、信用状発行銀行の蒙るかもしれない損害発生の危険を担保することを目的として輸出手形買取依頼人が輸出手形買取銀行に差入れる一般的様式にしたがった本件の保証書をシチズンズ・ナショナル・バンクに差入れたにすぎないことが認められるのであって、本件の保証書の交付が原告主張のとおりの効果を生ぜしめるものとすることはできない。そして他の本件の全証拠を検討して見ても前記特段の事情を認めるに足る証拠がない。
三 また原告は、商法五〇四条又は民法一〇〇条但書の適用若しくはその類推適用により右保証書の効力が原告にもおよぶ旨主張するのであるが、本件の保証書がその名宛人を右のようにシチズンズ・ナショナル・バンクとし、右述の理由によって同銀行に差し入れられたものである以上、その効力が原告におよぶことはあり得ない筋合であるから、この主張もまた理由がない。
四 以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由がない。
第五結論
よって、原告の被告ホクレンに対する主位的請求は理由があるから、正当としてこれを認容し、被告三井銀行に対する本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原島克己 裁判官 稲田龍樹 裁判官前川鉄郎は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 原島克己)
〈以下省略〉